これは機械翻訳された記事です。原文は英語です。
世界銀行が最後に実施した「Doing Business」調査、すなわち2019年末に公表された2020年版では、裁判所を通じて商取引上の契約を履行させるのにかかる日数は、コペンハーゲンで測ったデンマークが485日、ブラジルが801日だった。ブラジルの数字は、同国の二大ビジネス都市であるサンパウロとリオデジャネイロの加重平均である。どちらの国にも機能する法制度があり、商事裁判所があり、財産権を守る憲法上の保障がある。ここで問題にしている限りでは、正式な制度基盤はおおむね同等だと言ってよい。それなのに、結果は大きく隔たっている。
この316日が測っているのは、裁判所が紛争を解決し、その結果を履行させるまでにかかる時間である。差の一部は裁判所の資源や手続きの違いによるものだが、一部はおそらく代替を反映している。誠実な取引という非公式の期待が薄いときに、余分に動かさなければならない公式の仕組みのことだ。信頼があれば不要だったはずの手順は、一つひとつが時間とコストを上乗せする。確認作業、デューデリジェンス、契約に署名する前の弁護士への相談、取引相手の債務不履行に備える保険。そうした手順のほとんどは、裁判所の統計にはまったく現れない。信頼が薄いところでは、本来なら誠実な取引への期待がただで果たしてくれるはずの仕事を、裁判所が肩代わりすることになる。
裁判所の数字が描いているのは、訴えが提起された後の標準的な商事事件である。その上流で何が起きているかについては、何も語らない。信頼の低い環境ではあらゆる取引に織り込まれるリスクプレミアム、かつてなら職業上の規範が律していたはずのことを確認するために存在するコンプライアンスの仕組み、信頼の高い経済の企業ならまったく必要としない何層もの契約上の保護。こうしたコストは「信頼サーチャージ」としてどこにも計上されない。そしてデンマークの数字にそれが見当たらないのは、誰かが数えてみて小さいとわかったからではない。誠実な取引を前提にできるところでは、その多くはそもそも発生しないのである。
私たちは商業活動の公式なオーバーヘッドを測るために、精密な計器をつくり上げてきた。ところが、そのオーバーヘッドが必要かどうかを決めるものについては、大ざっぱで、めったに参照されない目盛りしか持っていない。しかも、それがいま、すり減りつつある。
経済学者が貸借対照表から外したもの
信頼が経済的に重要だという考え自体は、目新しいものではない。ケネス・アローは1972年に、それをはっきりと述べている。「事実上すべての商取引は、その内部に信頼の要素を含んでいる」。アローの論点は市場の機能にあった。買い手と売り手は、すべてを確かめることはできなくても、麻痺することも訴訟に陥ることもなく、毎日何百万回と取引を重ねている。相手に信頼を差し出しているからである。その差し出しは安上がりだ。そして、それに代わるものは安上がりではない。
オリバー・ウィリアムソンは、その代わりになるものの経済的な論理を解き明かすのに20年を費やした。1970年代から80年代にかけて築かれた取引費用経済学は、ガバナンスの構造も、契約の設計も、垂直統合の判断も、機会主義のリスク、つまり取引相手が契約の隙間につけ込む危険への対応であることを示した。そのリスクが低ければ、単純な市場契約で事足りる。高ければ、企業は監視や確認や公式の強制手段に投資するか、その活動を社内に取り込む。どれもオーバーヘッドを増やす。ウィリアムソン自身は「信頼」という言葉を避けたが、機会主義は信頼の鏡像である。
アローにもウィリアムソンにも容易にできなかったのは、集計することだった。個々の取引には信頼プレミアムが乗ることもあれば乗らないこともあるが、それを一国の経済の水準で測る、あるいは契約履行の日数にとどまらない信頼がらみの摩擦の総量でデンマークとブラジルを比べる、すっきりした方法は数十年にわたって存在しなかった。そのため、資本蓄積、労働供給、技術変化、制度の質の上に組み立てられたマクロ経済の成長モデルは、それらすべての投入の下にある信頼の水準を、実際には動くにもかかわらず、おおむね固定された所与として扱ってきた。
実証面での突破口が開かれたのは1997年である。スティーブン・ナックとフィリップ・キーファーは、29の市場経済について調査で測った信頼を比較し、信頼の平均水準が1人当たりGDPや投資率と強く相関していることを見いだした。信頼が10パーセントポイント高まると、成長率が5分の4パーセントポイント上がることと結びついていた。成長経済学では、1パーセントポイントに満たない差でも、数十年のうちに大きな違いになる。効いていたのは一般的信頼だった。回答者が、たいていの人は信頼できると考えているかどうか。ここで言う人とは、自分のネットワークの外にいる人々、見知らぬ人々のことである。
フランシス・フクヤマは、そこから組織にかかわる含意を引き出した。ドイツや日本のような高信頼社会が、専門経営者の率いる大企業を築くことができたのは、協力の問題が非公式に解決されていたからだ。低信頼社会は、公式の確認手段では規模を広げるにはコストがかかりすぎるため、家族を基盤とする小さな組織にとどまらざるを得なかった。この議論が扱っているのは、異なる社会的条件のもとでどのような生産組織が可能になるかであって、ある文化が何を成し遂げるよう運命づけられているかではない。
ロバート・パットナムの貢献は、まず論文で、次いで著書で、一般的信頼が市民的結社の密なネットワークから育つと論じたことにある。そして著書では、政策をめぐる議論がほとんど無視してきた区別を広めた。結束型社会関係資本と橋渡し型社会関係資本の区別である。
学術文献は30年前からこのメカニズムを手にしており、1997年には実証的な裏づけも固まっていた。それなのに、信頼は経済政策の片隅に置かれたままである。統計家はその測り方を知っている。OECDは2017年に信頼を測定するためのガイドラインを公表し、ニュージーランド財務省は社会的結束を国富の一部に数えている。しかし、主流の成長予測は、信頼を管理すべき変数として扱っていない。商業の公式な基盤全体が効率よく機能するかどうかを決めるものが、実際には貸借対照表の外に置かれているのである。
測定の問題
世界価値観調査の「たいていの人は信頼できる」という設問には、二つの異なる方法論上の疑問が投げかけられてきた。一つ目は、この調査への回答が、実験で測った信頼、つまり見知らぬ相手にお金を託すかどうかを人々が実際に決める信頼ゲームの結果と相関するかどうかである。相関はある。そのため、この指標には相応の外的妥当性がある。二つ目は別の問題だ。「たいていの人」について尋ねられると、回答者のかなりの割合が、見知らぬ人一般ではなく、ある程度は個人的に知っている人々を思い浮かべて答える。そのため、この設問が何をとらえているのかがぼやける。どちらの批判もこの指標を葬り去るものではない。再検証では、ザックとナックの信頼と成長の関係についての結果がきわめて頑健であることが確かめられた。ただし、ナックとキーファーの当初の推計は、標本にどの国を含めるかによって変わりやすいことがわかった。いずれも、点推定値を慎重に扱うべき理由である。精査を経ても残るのは、方向についての知見だ。複数の測定方法のいずれにおいても、一般的信頼の高さは経済の成果のよさと相関している。
低下、乖離、そして慢性的な欠乏
信頼の低下は、一つの物語ではない。よく一緒に引き合いに出される国々では、信頼の崩れ方に三つの異なる型が現れており、それらを並行する事例として扱えば、明らかになることより覆い隠されることのほうが多い。経済的な損害の現れ方はそれぞれで異なり、抜け出す道も、もしあるとすれば、やはり異なる。
米国は、長期的な低下の事例である。1972年には米国人の46%が「たいていの人は信頼できる」と答えていたが、2018年には34%に下がり、それ以降は持ち直すことなく、その低い水準でおおむね横ばいが続いている。もう一つの長期調査も同じ方向を指している。1990年ごろには米国人のおよそ半数がたいていの人は信頼できると答えていたが、2017年には37%だった。パットナムの数字はさらにさかのぼる。1960年の58%から、1993年には37%に下がっていた。フェイスブックやツイッターが存在するはるか以前のことである。その元凶として決まって槍玉に挙げられる技術が発明される前に、低下はすでにかなり進んでいた。因果をめぐる議論は、その後に来る。
英国は低下の事例ではない。少なくとも、政治をめぐる議論がほのめかす方向での低下ではない。2022年には英国人の46%が「たいていの人は信頼できる」に同意した。記録上の最低値だった1999年の29%から上昇している。英国の対人的な一般的信頼は20年にわたって大きく高まり、いまや国際的に見ても上位にある。比較された24カ国のうち、英国を上回ったのは5カ国だけで、その筆頭はノルウェー、中国、スウェーデンだった。
下がったのは、制度への信認である。議会、政府、政治指導者への信頼、つまり政治評論の大半が注目するものは、逆の方向に動いた。議会への信認は2018年の32%から2022年には23%に下がり、過去最低の水準に戻った。この期間には、ブレグジットをめぐる議会の危機と、新型コロナのロックダウン中の行動が暴露された一件が含まれる。対人的信頼と制度への信認は別の概念であり、英国ではこの二つが大きく乖離した。同じ社会のなかで、ほぼ同じ期間に、正反対の方向へ動いたのである。
ブラジルは第三の事例である。ブラジルの一般的信頼は、1990年代初め以降、世界価値観調査のどの回でも10%を下回ってきた。この調査の系列には、そこから下がってきたと言えるような、より高い水準は見当たらない。同じ欠乏は制度の水準にも現れている。2022年4月の調査にもとづくOECDのブラジル公的機関のレビューでは、連邦政府への信頼が高い、またはやや高いと答えたブラジル人はおよそ4分の1にすぎず、連邦議会については14%にとどまった。2025年には連邦政府への信頼は38%まで上がり、OECD平均の40%に近づいたが、ブラジルの政治・行政機関の大半はいまもOECD平均を下回っている。
エデルマンが2026年に28カ国で行った調査では、回答者の70%が、価値観の異なる人、社会問題への向き合い方の異なる人、情報源の異なる人を信頼することに消極的か、ためらいを感じていた。エデルマンの指標は新しいが、その背後にある流れは新しくない。米国では、対人的信頼の低下を示す調査記録が1960年代までさかのぼる。
対人的信頼と制度への信頼
対人的な一般的信頼、すなわち「たいていの人は信頼できる」という種類の信頼と、議会、政府、裁判所、メディアといった制度への信認との区別は、世間の議論が認めている以上に重要である。ナックとキーファー、そしてザックとナックの経済学的研究は、主として対人的な一般的信頼にもとづいている。投資や成長と相関するのはそちらだからだ。エデルマンや大半の政治世論調査が主に測っているのは、制度への信認である。両者は関連しているが、別の概念だ。制度の質は一般的信頼を形づくるので、制度への信認が持続的に下がることは注意して見守るべき警告のサインではある。だが英国が示すように、それで運命が決まるわけではない。二つは何十年も逆方向に動くことがあり、両方を追跡して初めて、社会は自分がどちらの問題を抱えているのかを知ることができる。
制度による代替は何を犠牲にするのか
代替のメカニズムは複雑ではない。非公式の信頼が取引を支えるのに足りないとき、公式の制度が乗り出してくる。暗黙の合意の代わりに法的な契約が、職業上の規範の代わりにコンプライアンス部門が、善意の前提の代わりに監視の仕組みが、期待される互恵の代わりに保険が、評判の代わりに監査が置かれる。
どれひとつとして無料ではない。そして、その対価で手に入るものの多くは、信頼があればはるかに安く防げたはずの問題を、管理によって起こさずにおくことにすぎない。
信頼の高い環境なら存在しなかったはずの契約にかかる弁護士費用、取引先の誠実さを確かめるコンプライアンス担当者、債務不履行が既知のリスクである環境で取引相手の不履行に備える保険料。国民経済計算は、そのすべての背後にあるサービスをほかのサービスと同じく産出として数え、保険についてはおおよそ保険料から支払われた保険金を差し引いた額を計上する。これを経済全体で合計すれば、経済活動にかかる構造的な税になる。それは生産として計上され、何百万件もの取引に薄く広がり、そのうちどれだけが信頼の欠如のためだけに存在するのかを示す項目はどこにもない。
それでも、この税は確かに存在する。そして慢性的に信頼の低い経済では、その正確な規模を数値で示すのは難しいものの、大きい。
裁判所の話に戻ろう。契約の履行にかかる公式の費用は、二つの国でほとんど同じだった。デンマークでは請求額のおよそ23%、ブラジルでは22%である。負担がのしかかっているのは316日という時間の差のほうであり、それは事件が続くあいだ寝かされる資本や、先送りされる商業上の決定という形をとる。誰も誠実な取引を期待しなかったために交渉の席にすら上らなかった取引は、どの公式データセットにも痕跡すら残さない。
ザックとナックの成長モデルでは、信頼の低い環境は投資率を押し下げる。この予測は、幅広い国々の横断データでかなりの裏づけを得ている。信頼の欠如はコストを上乗せするだけでなく、そもそも資本を投じようとする意欲をも減らす。ナックとキーファーの国際比較データも同じことを示している。信頼の低い国は一貫して投資率が低く、それが積み重なって資本ストックを減らし、やがて長期的な成長を押し下げる。その根底にあるメカニズムは、どれひとつとして明細の項目として現れない。
1993年、ロバート・パットナムは一つの実例を発表した。同等の公式構造、匹敵する資源、似通った憲法上の枠組みを持つイタリアの州政府を比較したパットナムは、北部の州が南部の州よりもはるかに優れた制度パフォーマンスと経済的成果を上げていることを見いだした。北部は南部よりも市民的なネットワークが密で、一般的信頼が高かった。公式の制度はどちらでも同じだったが、その働き方は大きく違った。代替の議論に照らして読めば、南部は、北部が非公式に得ていた協力を、監視と公式の手続きに頼って確保しなければならなかったことになる。
この知的系譜は1958年にさかのぼる。この年、エドワード・バンフィールドは、家族への強い忠誠と最小限の市民的信頼が組み合わさった「非道徳的家族主義」を、南イタリアの後進性の構造的な条件として描いた。35年ほど後、パットナムはバンフィールドが直観的にとらえていたものを更新し、数量化した。そして同じメカニズムが、なお同じ格差を説明していた。
ダロン・アセモグルとジェイムズ・ロビンソンは信頼を中心的な変数としては用いていない。だが二人が描くメカニズム、すなわち市民がエリートによる支配に抵抗するために連携できない場所で収奪的な制度が生まれ、存続するというメカニズムは、低い一般的信頼が政治経済の領域でとる形として読むことができる。
一般的信頼が高ければ、市民は共有された期待のもとで連携し、制度に責任を問うことができる。低ければ、連携は高くつき、当てにならず、エリートによる支配は容易になり、収奪的な制度は自らを維持するようになる。因果関係は双方向に働く。収奪的な制度は信頼をさらに蝕み、それが包摂的な統治の条件を劣化させ、それがまた信頼の修復をいっそう難しくする。
欠けているものを測る
世界銀行の「Doing Business」プロジェクトは、現在は「Business Ready」に引き継がれているが、公式の契約履行コストについて最も体系的な国際比較データを提供している。日数で表した時間、請求額に対する割合で表した費用、そして手続きの質の指数である。これらの数字がとらえるのは、紛争が生じた後に目に見えるものだ。とらえられないのは、紛争が起きる前の段階で、信頼の低い環境で事業を営むことに伴う非公式のオーバーヘッドである。追加のデューデリジェンス、より高い取引相手リスクのプレミアム、必要以上に込み入った契約、そして起こらなかった取引。この隠れた部分は決して数えられない――そして経済理論によれば、それは大きくなり得る。ザックとナックのモデルでは、信頼の低い経済は互いの主張を確かめることに資源を注ぎ込み、その結果として投資が減る。理論が予測するとおり、信頼が薄いところほどこの隠れたオーバーヘッドが重いのであれば、公式の契約履行データだけにもとづく比較は、高信頼経済と低信頼経済の実際の差を過小評価することになる。
一般的信頼を欠いた強い集団の結束が、事態を悪化させる理由
制度による代替の議論をここで止めれば、わかりやすい結論が出てくる。信頼を立て直せば、死荷重的なコストは下がる、というものだ。お決まりの処方箋は、コミュニティを強め、市民の絆を取り戻し、地域の結社を後押しし、社会の織り目を再生することである。この処方箋は広く唱えられているが、それがなぜしばしばうまくいかないのかは、パットナム自身の区別が示唆している。
結束型社会関係資本は、似た者どうしを結びつける。家族、宗教共同体、民族集団、近隣。橋渡し型社会関係資本は、似ていない者どうしを結びつける。見知らぬ人、異なる集団の成員、それまで何の関係もなかった人々。成長をめぐる研究で重要になる信頼は、橋渡し型に近い。市場の向こう側にいる赤の他人にまで協力を差し出そうとする意志である。この点について、ナックとキーファーの知見ははっきりしている。公式な市民的つながりの密度をとらえる団体加入の指標は、それ単独では経済的な成果の向上と結びついていなかったが、「たいていの人は信頼できる」という指標は結びついていた。結束型資本は、それだけでは一般的信頼を生まない。そして一定の条件のもとでは、一般的信頼を妨げる。
腐敗は、集団内部の高い信頼と低い一般的信頼の組み合わせのなかで栄える。ロススタインとアスレイナーは、その論理を順にたどっている。不平等は特定化信頼、すなわち身近なネットワーク内の強い絆と、部外者への不信を生む。それが生み出す条件は、腐敗が効率よく機能する条件にほかならない。腐敗した関係は、当事者のあいだに最低限の信頼を必要とし、それは集団内の絆によって供給される。その一方で、外部から説明責任の圧力を生み出すはずの一般的信頼は欠けている。この連鎖の最初の環を補ったのはクリスチャン・ビョルンスコウである。彼が各国を対象に検証した数多くの説明候補のうち、社会の分極化、つまり所得の不平等と民族的多様性は、低い一般的信頼を予測する数少ない頑健な要因の一つとして際立っていた。
同じくイタリアに根を張るマフィアは、実際に機能している信頼の構造である。ネットワークの内部では契約は確実に履行され、フリーライダー問題は信憑性のある脅しによって解決され、内部の協力は高い水準にある。欠けているのは一般的信頼だ。この高信頼のネットワークは、その周囲にある低信頼の一般社会から収奪する。そして収奪がうまくいくのは、より広い社会が連携して抵抗できないからである。結束型と橋渡し型の言葉で言えば、内部の信頼は最大で、外部への信頼は最小であり、その経済的な帰結は深刻な機能不全である。
イースタリーとレヴァインは、民族の分断がアフリカの低い成長実績のかなりの部分を説明することを見いだした。分断された社会は、劣った政策を採用する傾向があったからである。教育への投資が少なすぎ、為替市場がゆがみ、財政赤字が大きく、インフラが脆弱だった。二人の説明によれば、競合する集団は公共財について合意するのに苦労し、代わりにレントをめぐって争う。これは、橋渡しのない結束から予想されるとおりの派閥主義である。民族的多様性と成長は多くの経路を通じて相互に作用し、因果をめぐる主張には異論がある。それでも、このパターンは結束型と橋渡し型の論理が予測するものと合致している。
一般的信頼の低下への対応として、集団のアイデンティティを強め、コミュニティの絆を立て直し、内部の連帯を促しても、経済的に重要な種類の信頼が自動的に生まれるわけではない。一定の条件のもとでは、正反対のものが生まれる。低信頼の一般社会のなかの、高信頼の派閥である。強い内部の絆と弱い外部の絆というこの組み合わせは、レントシーキングと制度の私物化が育つ社会的な構図である。経済的な協力にとって重要なのは、最も生み出しにくい種類の信頼だ。知らない人、それまで何の関係もなかった人、社会的な圧力によって制裁を加えることのできない人と、誠実に取引しようとする意志である。コミュニティを築けば、結束型資本は増える。橋渡し型資本は付随的にしか生まれず、それも特定の市民的条件のもとに限られ、確実ではない。
信頼の修復が選挙のサイクルより長くかかる理由
ポール・スロヴィックは、信頼の修復をめぐるあらゆる議論の核心にある非対称性を突き止めた。信頼はたいてい、一貫した経験の積み重ねを通じてゆっくりと築かれる。それが、たった一度の失態で壊れることがある。信頼に値することを確立するには、それを裏づける多数の事例が必要だが、それを覆すには、比較的少数の関連する否定的な事例で足りる。制度についての悪い知らせは、よい知らせよりも速く広まり、重く響く。そして信頼を損なう出来事は、不釣り合いなほど大きく、長く尾を引く影響を及ぼす。
2008年の金融危機は、先進国全体で金融機関への信頼を数カ月のうちに破壊した。銀行や規制当局に対する世論で測れば、その損害の一部は20年近くたったいまも残っている。カトリック教会の性的虐待スキャンダルは、アイルランド、ポーランド、米国のように教会が信頼を託される主要な制度であった国々で信頼の崩壊を引き起こし、公式の謝罪も制度改革もそれを元に戻せていない。新型コロナのロックダウン中、国民が法的な罰則を伴うルールに従っていたさなかに、英国政府ではパーティーが開かれていた。記録に残るこの振る舞いは、人々がすでに抱いていた疑いを裏づけた。ルールは、それをつくる者には違う形で適用されるという疑いである。
その裏づけは、一回きりで終わる出来事ではない。それは制度がどう振る舞うかについての一般的なモデルを更新する。そして、ルールをつくる者にはルールが適用されないとわかる事例が新たに出るたびに、新しい証拠を必要とすることなく、その事前の見方が強化される。いったんこの方向に更新されたモデルを元に戻すには、そこへ動かしたときよりもはるかに多くの反対の証拠が必要になる。スロヴィックの非対称性は、制度の信頼性の水準に当てはめると、複利のように積み重なっていく。
主流の政策対応は、メカニズムを見誤っている。その枠組みはほとんど常にコミュニケーションの問題として立てられる。透明性を高め、訂正を出し、偽情報に対抗し、成果をもっと効果的に伝える、というように。だが、一般的信頼を因果的に高めるのは制度の質そのものである。ある実験で、研究者たちは参加者を、腐敗行為を防ぐ能力によって定義された質の異なる制度に置き、信頼ゲームを使って信頼を測定した。よりよい制度はより多くの信頼を生み、腐敗が成功するかもしれないという疑いだけで、実際に腐敗が起きたかどうか誰にもわからない場合でさえ、信頼は押し下げられた。この実験はメッセージ発信と改革を対決させたわけではないが、政策にとっての教訓は十分にはっきりしている。信頼は、制度が何をするかについてくる。
時間という次元で、民主政治は構造的な問題に突き当たる。信頼を立て直すには、選挙のサイクルを上回ることもある時間軸で、持続的かつ一貫した制度のパフォーマンスが必要になる。民主国家は数年ごとに国政選挙を行う。選挙競争のインセンティブ構造は、その時間軸で結果を出すようにできている。次の選挙までに便益が目に見える政策、一つの議会任期のうちに効果が現れる改革。信頼の修復に必要な投資は、それを行った政治家が職を去ってからずっと後に便益を生む。選挙のインセンティブと信頼の力学は、そもそも進む速さが違うのである。
信頼が、立て直せる速さに比べてどれだけ速く低下するのかは、既存の研究からは正確には測れない。非対称性は方向としては十分に裏づけられているが、具体的な再建の時間軸が学術文献で推計されることはめったになく、過去の低下の速さからは、反転にどれだけの時間がかかるのかはほとんどわからない。それでも修復が政治の日程を超えて長引くことはありうるし、それに報いるように設計された選挙制度はない。この話に登場する唯一の回復も、ゆっくりとしたものだった。英国が1999年の最低値から持ち直すまでには、20年以上を要したのである。
ソーシャルメディアと増幅の問題
1960年から1993年にかけての米国の信頼低下は、ウェブの登場より数十年前に始まっており、ソーシャルメディアの出現にはまるごと先行している。ソーシャルメディアを中心に据える説明では、そうした技術が存在する前に起きた30年にわたる侵食を説明できない。だからといって、ソーシャルメディアに影響がないわけではない。最も妥当と思われる作用の仕組みは増幅である。かつては新聞や放送のサイクルを経なければ広まらなかった信頼を損なう出来事が、いまでは数時間のうちに世界中の人々に届く。そのため、スロヴィックの非対称性、つまり否定的な出来事の不釣り合いに大きな影響は、より速い速度と大きな規模で作用する。ソーシャルメディアが低下を始めたわけではない。その役割として最も妥当なのは、制度が当てにならないことを裏づける事例の一つひとつが受け手に届く速さを上げることである。それを根本原因とみなし、偽情報対策を主要な介入策とすることは、増幅器に手を打つ一方で、その下にある制度の力学には手をつけずにおくことになる。
低落を食い止められない社会について、証拠は何を語るか
証拠が示しているのは、崩壊ではなく、持続的で、複利のように積み重なる成績不振である。それは自己強化的な力学を通じて進み、問題の政治的なとらえ方ではその力学に対処できない。有能であろうとなかろうと、政治家は別の問題を解こうとしているからだ。
ロススタインとアスレイナーは、ある社会的な罠を描いている。不平等と腐敗が一般的信頼を蝕み、信頼が低いと、不平等を縮めるはずの普遍的な政策を築くのが難しくなる。こうして、信頼を壊した条件が居座り続ける。先に述べた代替のコストは、このループに経済的なひねりを加える。信頼の低い経済は、より多くを支払って、より少ないことしか成し遂げられないからだ。こうしたループがどの時点で新たな均衡に落ち着くことをやめ、自らを維持するようになるのかは、誰にもわからない。記録が示すのは、回復は可能だが遅いということだ。英国の信頼は1981年の43%から1999年には最低の29%まで下がり、その後46%まで戻るのに20年以上を要した。この回復は、英国民の議会への信認が下がっていくさなかに起きた。したがって、政府が意図して信頼を修復できるという証拠にはならない。
アセモグルとロビンソンは、自らの枠組みを米国を含む豊かな国々にも当てはめている。ここで新しいのは、それを一般的信頼という観点から読むことである。一般的信頼が包摂的な制度を維持するのに必要な水準を下回ると、収奪的な支配のための政治的条件が整っていく。ロビー活動、規制の虜、連立の運営といった通常の政治経済を通じて、エリート集団は自らの利益に奉仕する統治構造を据えつけることができる。そして市民が連携して抵抗できないとき、それをより効果的に行える。効果的な連携には、いま失われつつある一般的信頼が必要だ。米国と英国がこのパターンの初期段階をたどっているのかどうかは、まだわからない。
デンマーク、ノルウェー、スウェーデン、フィンランドという高信頼の北欧社会は、生産性と1人当たり所得における高い位置を数十年にわたっておおむね保ってきた。そしてこれらの国の一般的信頼のスコアは、一貫して世界最高水準にある。このプレミアムは天然資源や人口構成だけでは説明できず、信頼がその一端を担っていると考えるのは理にかなっている。アルガンとカユックは、米国への移民の子孫が祖先の出身国から受け継いだ信頼をたどり、20世紀を通じて信頼が成長に相当な因果的効果を持っていたことを見いだした。米国の信頼が下がった水準にとどまり、英国の制度への信認の低下が、立て直してきた対人的信頼を蝕み始めるなら、経済学の文献が示唆するのは、持続的に高い取引費用、低い投資比率、低い制度の質、そして信頼なら安くつき、代替では高くつく生産的な協力の能力の衰えである。
信頼の低下をめぐる公の議論は、分極化、偽情報、民主主義の後退、指導力の欠如といった政治的・社会的な言葉で、ほぼ全面的に語られている。そして対応もそれに倣う。メッセージ発信、連合の形成、透明性向上の取り組み、偽情報対策のキャンペーン。
そのどれもが、経済的なコストにも、修復の非対称性にも、選挙の時間軸に合わせて調整された道具と、はるかに遅く進みうる過程とのずれにも、ほとんど向き合っていない。
物理的なインフラには、減価償却のスケジュールと維持管理の予算がついてくる。道路や電力網が国民経済計算に載っているのは、どこかの時点で誰かが、維持されないインフラは機能しなくなり、その機能不全は維持管理よりも高くつくと見きわめたからだ。この会計の枠組みは、目に見えるものをとらえるようにつくられた。
社会的信頼は、インフラのように働く。商業の公式な基盤が効率よく機能するかどうか、取引が通常のコストで成立するかどうか、制度がエネルギーの大半を強制に費やすことなく役割を果たせるかどうかを、それが決める。だが、従来のどの貸借対照表にも載っていない。財務省は信頼の低下が財政に及ぼす影響を予算に組み込まないし、中央銀行は信頼の軌跡を生産性の見通しに織り込まない。20世紀を通じて発展してきたGDPの会計枠組みは洗練された道具だが、このことについては何も語らない。
何十年にもわたって、私たちは金利や財政乗数や資本バッファーについて議論し、それらを管理するために中央銀行や財政評議会をつくった。そうした道具のどれかが機能するかどうかを決めるものは、ほとんど測られないまま放置され、その結果、管理されないままになった。
そのインフラがすり減っていくとき、指さすことのできる単一の出来事はない。あるのは、あらゆる商取引に上乗せされていくオーバーヘッドと、取引して意味のある相手の輪の縮小だけだ。それは停滞として現れ、グローバル化や自動化のせいにされ、ほかの問題のために設計された道具で対処される。
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メディア
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