これは機械翻訳された記事です。原文は英語です。
1989年、ターイフ合意は、15年に及んだレバノン内戦を終わらせる条件を定めた。最後の戦闘がやんだのは1990年10月である。憲法前文にひっそりと盛り込まれたのは、政治的宗派主義、すなわち政府の重要な役職をことごとく宗教宗派ごとに配分する制度の廃止を「国家の基本目標」と定める条項だった。改正憲法第95条は、大統領を議長とし、国会議長と首相を含む国民委員会の設置を義務づけた。宗派による権力配分を解体する方策を検討・提案し、そのための段階的な計画を監督する委員会である。
改正から36年、この委員会は一度も設置されていない。2010年、ナビーフ・ベッリ国会議長がついに委員会を立ち上げると表明すると、宗派の別を問わず反発が噴き出し、構想は葬り去られた。委員会を招集した大統領はおらず、その不在を憲法違反として扱った首相もおらず、この不作為を法廷で争った者もいない。条項は廃止されもせず、顧みられもせず、憲法の中に置かれたままである。変革を約束する文言が、変革が決して起こらないことに権力を負う人々の手に委ねられているのだ。
レバノンの失敗をめぐるお決まりの説明は、重荷の列挙である。宗派も外国の軍隊も多すぎ、小さすぎる国にあまりに多くの歴史が詰め込まれている、と。第95条は、もっと鋭い問いを指し示している。いずれ自らを廃止すると正式に約束した政治体制が、なぜ35年もの歳月をかけて、その廃止が決して訪れないよう手を尽くしてきたのか。
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物語は1943年の夏、2人の男が新しい国の条件を取り決めた取引から始まる。
マロン派キリスト教徒のビシャーラ・アル=フーリー大統領と、スンニ派イスラム教徒のリヤード・アッ=スルフ首相がまとめたのは、のちに国民協約と呼ばれることになる取り決めだった。政治権力を宗派の線に沿って配分する、成文化されない合意である。大統領職はマロン派に、首相職はスンニ派に、国会議長職はシーア派イスラム教徒に。国会の議席は、キリスト教徒とイスラム教徒に6対5の比率で割り当てられた。実際には、配分は看板となる要職の下にまで及んでいた。省庁、上級公務員のポスト、軍の指揮官職、司法の任命までが宗派ごとに分けられたのである。
取引は相互的で、明確だった。イスラム教徒はレバノンの国境を受け入れ、シリアとの統合や、より大きなアラブ国家への統合を求める動きを放棄する。キリスト教徒はフランスの保護に頼るのをやめる。双方は事実上、レバノン人になることに同意した。ただし、レバノン人であるということが、共同体のアイデンティティ以外のいかなる基準でも権力を分かち合わずに済むことを意味する限りにおいて、である。
構造全体は、フランス委任統治下の1932年に実施された国勢調査に合わせて比率が決められていた。これはいまなお、レバノンが実施した最後の公式な全国国勢調査である。居住者に限れば、キリスト教徒とイスラム教徒はほぼ拮抗していた。キリスト教徒の多数派は、別のところから来ていた。調査は南北アメリカ、西アフリカなどに暮らす約25万人の移民も登録していた。このディアスポラは約85%がキリスト教徒で、登録されたレバノン人に占めるキリスト教徒の割合を、半分を優に超える水準へと押し上げたのである。
1989年のターイフ合意は、この方式を組み替えた。国会はキリスト教徒とイスラム教徒の50対50の配分に移行し、1990年の憲法改正で108議席とされたのち、1992年の選挙法で現在の128議席に拡大された。マロン派大統領の行政権限は大幅に縮小され、閣僚評議会へ移された。スンニ派首相は独自の行政権を手にした。シーア派国会議長の任期は1年から4年に延長され、その地位が強化された。しかしターイフ合意は宗派主義の土台を温存し、さらに踏み込んだ。国会と公務員の最上級職について、キリスト教徒とイスラム教徒の同数原則を憲法そのものに書き込んだのである。一方、三つの最高職の宗派別配分は1943年以来変わらず、誰もあえて破ろうとしない不文律として残った。そして、この仕組み全体をいずれ廃止するための条項である第95条は、ほかならぬその存続に地位を依存する政治勢力の手に委ねられた。
宗派主義は、純粋にレバノンの発明というわけではない。分断された社会を比例的な権力分有によって管理するという原理にはヨーロッパに先例があり、アレンド・レイプハルトは1969年にそれを多極共存型民主主義と名づけ、のちの著作で発展させた。その著作のなかで、レバノンはヨーロッパ以外の主要な事例の一つに数えられている。この発想は、ゼミの教室では洗練されて見えた。すべての集団に権力の取り分を保証し、暴力に訴える動機を取り除き、分断を解消しないまま管理する。
ヨーロッパの外では、レバノンはこのひな型が稼働する最古にして最も完全な事例だった。ひな型はのちに修正を加えられながら、標準的な制度上の仕組みとして、ほかの紛争後の国々へ輸出されていく。
国を動かす国勢調査
権力配分の方式は、1932年の国勢調査で動いている。94年前、植民地行政当局が、現在の政治的なかたちではまだ存在していなかった国のために行った人口調査である。そのデータは、どの共同体についても現在の比率を表していない。
現在の推計には公式の裏づけがない。1932年の調査に取って代わる公式調査が、一度も行われていないからだ。推計によれば、いまやシーア派イスラム教徒がレバノン最大の単一共同体であり、スンニ派イスラム教徒とキリスト教徒はほぼ同規模で、それぞれ国民の3分の1をやや下回る。いまもキリスト教最大の教会であるマロン派は、レバノン人のおよそ6人に1人にまで減っている。これらの数字が推計にとどまるのは、確かなデータを得るには国勢調査が必要で、体制が国勢調査を許せないからである。
体制全体が、確かなデータによって覆されかねない曖昧な人口の数字の上に成り立っている。国内の宗派指導者は誰もが、人口調査が何を明らかにするかを理解している。増えた共同体もあれば減った共同体もあること、そして方式を改めれば、縮んだ側から膨らんだ側へ政治権力を移すことになるということだ。ほかのことではほとんど意見の合わない、あらゆる宗派の宗教指導者たちが、1世紀近くにわたって一致してきたのが、人口を数えてはならないという一点である。
レバノンの改革は政治勢力の合意によって動き、合意とは主要な集団がどれも損をしないことを意味する。国勢調査は敗者を生み、敗者にはそれを阻むだけの力がある。だから国勢調査は行われない。国勢調査がなければ、配分を変えるべきだと主張する正当な人口学的根拠もない。配分が変わらなければ、ターイフ合意で周縁こそ調整されたものの構造は手つかずのままの1943年の取り決めが、誰が統治し誰が利益を得るかを決め続ける。
第95条の国民委員会は、1990年以来ずっと同じ状態にある。憲法に義務づけられながら、一度も設置されていない。一度も会合を開いたことがないのは、招集するには、この体制がまさに妨げるよう作られた合意そのものが必要だからである。
恩顧政治というエンジン
憲法上の取り決めから、明かりのつかない国へと至る道は、恩顧(パトロネージ)を経由している。レバノンでは重要な省庁がすべて宗派ごとに割り振られる。つまり大臣は誰もが、省の掲げる任務ではなく、自分の任命を取りつけた宗派のパトロンに対して責任を負うのである。
雇用、契約、許認可、電気や水道の引き込み、給付といった国のサービスは、ワスタ、すなわち共同体へのつながりという非公式の通貨を介して提供される。政府の職を得られるのは、多くの場合、資格がどうであれ、あなたのザイーム、つまり共同体の指導者が手配してくれたからだ。そしてザイームが手配したのは、あなたの感謝が彼の政治的資本になるからである。
レバノン電力公社(EDL)は、これがインフラとしてどんな姿をとるかを最も明瞭に示している。能力ではなく党派への所属で任命された理事会が運営し、政治家が支持者に職を配る装置として使ってきたEDLは、技術的な欠陥、料金請求の不備、そしてあからさまな盗電によって、何十年も電力を垂れ流してきた。1985年の時点で、盗電と未払いによる非技術的損失は、すでに消費量の36%と推計されていた。2024年8月、EDLは燃料を完全に使い果たし、国全体が暗闇に沈んだ。2025年までに国の電力供給は1日数時間にまで持ち直した。2021年夏以来、EDLがやっとの思いで供給してきた1日1〜3時間からの回復である。2026年のイスラエルとの戦争は、その部分的な回復さえ後退させた。
EDLを合理化しようとする動機を、大臣たちはほとんど持ってこなかった。合理化とは、複数の共同体の政治任用者を一度に解雇し、その政治的コストをそれぞれの宗派の支持基盤に負わせることを意味するからだ。そのため体制にとっては、送電網を朽ちるにまかせるのが合理的な選択であり続けてきた。2002年の法律が設置を求めた電力規制機関は、2025年9月になってようやく任命された。
徴税も同じ論理に従う。レバノンの税収の対GDP比は、危機前のおよそ15%から2021年には約6%に落ち込み、2024年になっても約11%までしか戻っていない。総公的債務は2021年にGDPの推計183%に達し、世界でも最も高い水準の一つとなった。これらの数字の背後にある歳入機構は、効果的な徴税に関心のない恩顧のネットワークを通じて人員が配置されていた。効果的な徴税は、独力でサービスを提供できる国家に資金を与え、彼らの政治権力を支える依存関係を解体してしまうからである。
部品を組み合わせると、一つの循環ができあがる。宗派主義が恩顧を生み、恩顧がサービスの破綻を生み、サービスの破綻が宗派ごとの提供者への依存を生む。
そうした提供者には、シーア派地域におけるヒズボラの病院、学校、福祉ネットワーク、キリスト教政党の並行的なサービス、未来運動によるスンニ派向けの社会事業がある。それらへの依存は宗派に基づく投票上の忠誠を強め、その忠誠が恩顧の体制を支え続ける。
ベイルート港の爆発
2020年8月4日、ベイルート港に保管されていた2,750トンの積み荷に由来する硝酸アンモニウムが爆発した。爆発の時点で積み荷のどれだけが残っていたのかについては、いまも見解が分かれている。爆発は少なくとも218人の命を奪い、7,000人を負傷させ、市街の広い範囲を破壊した。硝酸アンモニウムは2014年に貨物船ロサス号から押収され、以来、安全対策もないまま保管されていた。税関も、軍も、司法当局も、歴代の閣僚も、それがそこにあることを知っていた。6年にわたって書簡や裁判所への申し立てが行き交ったが、誰もそれを安全に管理することも撤去することもなかった。最も考えられる理由は体制そのものである。この案件は、それぞれ異なる宗派のパトロンが支配する複数の機関にまたがっていたが、別の宗派の管轄下に保管された危険物の処理に伴う政治的コストを引き受ける動機は、どのパトロンにもなかった。続く刑事捜査は繰り返し妨害された。捜査判事は忌避され、あるいは交代させられ、政治家たちは制度上の地位を使って手続きに異議を唱え、最後にはレバノンの検事総長が、主任判事に訴追されたのち捜査を止めた。
2025年、タレク・ビタール判事が捜査を再開した。この事件ではこれまでに、政治家や治安機関の幹部を含む70人以上が訴追されている。2026年10月の時点で彼の起訴決定はなお出ておらず、裁判にかけられた高官は1人もいない。有罪判決などなおさらである。この爆発は、宗派的な恩顧の失敗が物理的なかたちをとったとき何が生まれるかを、最も凝縮して示している。司法による責任追及なき大量死である。
弱い国家で誰が得をするのか
レバノンへの標準的な処方箋は、しかるべき改革者を見つけ出し、外から強く後押しすることだ。
この処方箋が失敗し続けるのは、レバノンの体制内のあらゆる当事者に、国家を弱いままにしておく合理的な動機があるからである。中央に集まった統治能力は、宗派のパトロンの間の力の均衡を動かしてしまう。
有能なレバノン国家、すなわち効果的に課税し、宗派に関係なくサービスを提供し、軍による暴力の独占を握り、独立した司法を通じて法を執行する国家は、宗派共同体の間で権力を再配分することになる。国家が電力を安定して供給すれば、ヒズボラの並行的な電力インフラは恩顧の資産としての価値を失う。公務員が能力本位で採用されれば、宗派のパトロンは共同体に便益を配る主要な手段を失う。司法が独立すれば、恩顧の機構は訴追の対象になりうる。
国家の能力を築く改革はどれも、国家の一部を握るすべての当事者の権力基盤を脅かす。IMFとの交渉は、それが実際にどう展開するかを示している。
2020年3月、レバノンが同国史上初めてソブリン債務のデフォルトに陥ると、IMFはいかなる救済プログラムにも、具体的な構造改革を条件として課した。銀行部門の再編、損失負担を定める法律、資本規制、レバノン中央銀行の独立監査である。2022年4月にはスタッフレベル合意に達した。その後、国会はこのパッケージの一部を可決している。2025年4月の銀行秘密法の改正と、同年7月の銀行再編法だ。しかし2026年半ばの時点でも、銀行の損失を誰が負担するかを決める法律は行き詰まったままで、IMFプログラムは調印されていなかった。レバノンの当局者は条件を理解していた。条件は具体的で、公開されており、IMFの調査団が訪れるたびに繰り返されていた。障害は、どの改革も、特定の宗派パトロンの財政的あるいは政治的な基盤に壊滅的な打撃を与えるかたちで損失を配分すること、そしてその改革を阻止できるあらゆる当事者が、阻止する動機と制度上の影響力の両方を持っていたことにあった。
この枠組みで見れば、ヒズボラの並行国家は、あらゆる宗派勢力が従う論理の極端な表れである。ヒズボラは国家が提供しようとしないものを自ら築き、それによって自らの政治権力を支える依存関係を築いた。ほかの主要な宗派勢力もみな、規模こそ小さいが同じことをしてきた。ヒズボラをライバルから分かつのは、その規模と、それを守る軍事力である。
2025年2月に明確な改革の志を掲げて発足したナワフ・サラーム政権も、この同じ体制の内側で動いている。改革が成果を上げたこともある。1958年の危機の後、フアード・シハーブの公務員委員会は省庁に能力本位の採用を持ち込んだが、やがて内戦がその権限を奪った。宗派配分そのものを揺るがした改革は、まだない。
2019年のサウラ(革命)と、それが勝てなかった理由
2019年10月17日、レバノン史上最も幅広い、宗派を超えた市民の動員が噴出した。スローガンは「クッルン・ヤアニ・クッルン」、すなわち「全員とは、全員のことだ」。抗議は宗派を問わずすべての政党を標的とし、共同体単位の不満しか認めないよう設計された体制の中で、国民全体の不満を組み上げた。宗派の地図を横断して数十万人が参加し、運動は何か月も続いた。2週間のうちにサアド・ハリーリー内閣を総辞職に追い込んだが、それを体制の変革につなげることはできなかった。サウラが動かす必要のあった機関はどれも、抗議が攻撃していた宗派的忠誠に権力を依存する宗派のパトロンに握られていた。やがて金融崩壊が深まり、新型コロナが到来し、港が爆発した。危機のたびに運動は消耗し、人々の関心はよそへ向かった。
外のパトロンたち
機能不全は内側から自らを維持しているが、それでもイラン、サウジアラビア、フランスの振る舞いには意味がある。それぞれが、自らを統治できないほど弱いレバノン国家に、独自の使い道を見いだしてきたからだ。
イランは空白を埋めた。国家が不在の場所で、ヒズボラを使って並行的な軍隊と社会サービス網を築き、空白を政治的資産に変えたのである。
2024年の戦争の前、ヒズボラの戦力はレバノン国軍を上回っていた。国軍は兵員こそ多いが、火力ははるかに劣る。ヒズボラは、情報源によって幅はあるものの、推定4万〜5万人の戦闘員と、12万〜20万発のロケット弾とミサイルを保有していた。2024年の戦争はヒズボラを大きく弱体化させた。2024年9月にはハサン・ナスルッラーが殺害され、組織は長期にわたる指導部の混乱と、あらゆる階層での指揮系統の大きな損失に見舞われた。しかし2026年初めには、イスラエルは、ヒズボラが武装解除されるよりも速く再武装していると述べており、あるレバノンの情報筋は、同組織がイスラエルによる壊滅作戦と並行して再建を進めていると語った。2026年の戦争の前夜、イスラエルのある研究機関は、その兵器をロケット弾とミサイル約2万5,000発と見積もった。真の主権を持ち、機能するレバノン国家があれば、ヒズボラが埋めている空白は閉じるだろう。1980年代初めのヒズボラ創設にさかのぼるイランの40年にわたる投資は、その空白が永続することへの賭けだった。
サウジアラビアは、資金と、庇護下に置いた一族を通じて動いた。ラフィーク・ハリーリーは、サウジアラビアで育て上げた建設会社サウジ・オジェで財を成した。同社は王室からの大規模な恩顧的契約を通じて、中東最大級の企業へと成長した。彼はレバノンで最も有力なスンニ派政治家となり、1992年から2004年までの間に2度首相を務め、湾岸からの投資を戦後復興に注ぎ込む一方で、宗派体制には手をつけなかった。2005年の暗殺は恩顧の連鎖を乱したが、断ち切りはしなかった。息子のサアドが政治的地盤とサウジとの関係の両方を受け継ぎ、自らも2度首相を務めたのである。依存の本質が露わになったのは2017年11月だった。リヤドを訪れていたサアド・ハリーリーが、サウジのテレビでレバノン首相の辞任を表明したのだ。ニューヨーク・タイムズ紙が引用したレバノンと欧米の当局者によれば、彼はサウジの治安当局に拘束され、携帯電話を取り上げられ、あらかじめ書かれた辞任演説を手渡されたという。ハリーリーは意に反して拘束されたことを否定している。この庇護下の政治家の政治的存在は、レバノンのいかなる国家機関でもなく、パトロンにかかっていた。彼がサウジを離れられたのはエマニュエル・マクロンが介入した後のことで、帰国すると辞任を撤回した。一族の財産を支えたサウジ拠点の企業サウジ・オジェは、その時点ですでに閉鎖されていた。サアド・ハリーリーは2022年1月に政治活動を停止した。彼の未来運動は2025年2月に活動を再開し、リヤドはその後ふたたびスンニ派の有力者たちに接近しているが、かつての地盤をハリーリー家に返してはいない。この経路が続いていた間、その影響力は国家の弱さに依存していた。
フランスの役割は危機外交である。16世紀以来レバントのキリスト教徒の保護者であり、1920年からは委任統治のもとで大レバノンを統治し、宗派主義が育つもととなった憲法の枠組みを設計したフランスは、2024年11月の停戦を共同で仲介し、2020年の爆発後にはマクロンをベイルートに送り込み、2025年の政治的移行を支えた。どの介入も症状に対処しただけで、体制には手を触れなかった。パリの意図がどうであれ、ベイルートにおけるフランスの地位は、体制が壊れたときに呼ばれる外部の大国であることに支えられてきた。
自らを統治できるレバノンが生まれれば、イランが利用する空白は閉じ、サウジアラビアが育てた依存は終わり、フランスが対処すべき危機は減るだろう。どのパトロンも、自国の利益にかなう特定の種類の弱さを利用してきた。ただし、外部からの干渉が制度的な弱さそのものの原因というわけではない。
レバノン中央銀行と、それを守った者たち
2016年ごろから、リヤード・サラーメ総裁率いるレバノン中央銀行は、一連の「金融エンジニアリング」を実施した。市場を上回る金利で商業銀行からドルを借り入れ、レバノン・ポンドの対ドル・ペッグを守るという操作である。それは絶えず新たなドルの流入を必要とする循環的な仕組みを生み、政治的なつながりを持つレバノンの銀行部門に法外な利益をもたらした。2019年10月にこの仕組みが崩壊すると、一般の預金者は自分の貯蓄を引き出せなくなった。ポンドは価値の98%以上を失った。包括的な預金者保護法は制定されていない。事態が進行している間、介入した政治家は1人もいなかった。銀行部門は宗派エリートが富を蓄え、運用する主要な手段であり、ペッグを脅かすことは、各指導者自身の恩顧ネットワークの財政基盤を脅かすことを意味した。中央銀行は、預金者のドルが尽きるまで、そうしたネットワークを守り続けた。
三つの対抗説
三つの反論は、それぞれ現実の何かを言い当てている。そしていずれも、突き詰めていけば宗派体制へと行き着く。
パレスチナ人の存在。ヨルダンとシリアも、同じ時期に大量のパレスチナ難民を受け入れていた。ヨルダンは1970年に黒い九月事件に直面したが、国家が一体となった治安対応を打ち出せたため、ハーシム家の王制は生き延びた。シリアは、アサド政権が中央集権的な権威を行使していたため、内戦に陥ることなく難民を吸収した。レバノンが一体となった対応をまとめられなかったのは、宗派体制が国家を紛争と同じ線に沿って分断していたからである。キリスト教徒の民兵は、パレスチナ人の武装勢力の存在をマロン派の人口上の地位への脅威とみなして反対した。スンニ派の指導者は、汎アラブの連帯を理由にそれを受け入れた。シーア派の共同体は、パレスチナ諸派が同じ南部の土地をめぐって競合するなかで、アマル運動を通じてそれに対抗する組織をつくった。パレスチナ人の武装勢力の存在は戦争の主要な原因の一つだったが、それが損害をもたらしたのは、宗派体制が抑え込めない圧力を加えたからだった。
1975年から1990年までの内戦そのものが、この国を壊した出来事として扱われることもある。しかし戦争は、すでに完全に作動していた宗派の力学によって引き起こされた。そして戦争を終わらせる条件を定めたターイフ合意は、その力学を解消するどころか再生産し、戦時の民兵指導者を戦後の政治勢力として定着させ、彼らの宗派的な支持基盤を和平の取り決めに明文化した。戦争は、すでに存在し、戦争を可能にした機能不全を深めたのである。
1990年から2005年までのシリアによる後見支配――1976年に始まった軍事駐留の、最後の15年間である。2000年に死去するまではハーフィズ・アル=アサドの、その後は息子バッシャールのもとで、ダマスカスはこの15年間、宗派体制を通じてレバノン政治を管理し、宗派の恩顧ネットワークをてこの支点として使った。ラフィーク・ハリーリーの暗殺に続く杉の革命の後にシリアが撤退したとき、宗派の構造はまったく無傷だった。シリアはすでにそこにあった機能不全を見いだし、それを利用し、撤退するときもその基盤を損なわずに残していった。
三つはいずれも、宗派体制が処理してきた出来事である。体制はそれを吸収して生き延びるたびに、いっそう強固になって現れた。宗派勢力を安全やサービスの主要な提供者にした危機はどれも、体制を自己永続させる依存関係を深めた。
ボスニアも同じ設計で動いている
宗派の構造が、内戦、外国による占領、革命を引き起こした暗殺、金融崩壊、多数の死傷者を出した爆発、繰り返されるイスラエルの軍事作戦をくぐり抜け、そのたびに論理を保ったまま生き延びてきたのなら、その論理はレバノンの外でも意味を持つ。そして、それは実際に輸出されている。
1995年のデイトン合意は、同じ紛争後の権力分有のひな型に基づいて、ボスニア・ヘルツェゴビナの統治構造をつくった。ボシュニャク人、クロアチア人、セルビア人各1人からなる3人の輪番制の大統領評議会、政府のあらゆるレベルで民族ごとに割り振られたポスト、そして別々の行政と法律を持つ二つの半自治的な構成体である。その結果、大統領は5人(3人からなる国家の大統領評議会に、各構成体に1人ずつ)、首相は13人、議会は14、国会議員は700人を超え、それが約310万人の人口に仕えている。
統治の方式は、戦闘を終わらせるために交渉された戦時の取り決め、すなわち民族別の割り当てと構成体への分割から生まれた。1943年の国民協約や1989年のターイフ合意と同じ設計の論理である。改革の仕組みも、同じように自らを封じている。2009年、欧州人権裁判所はセイディッチ・フィンツィ対ボスニア事件で、大統領評議会と上院の民族別配分は少数者を最高職から排除しており、欧州人権条約に違反すると判断した。17年後のいまも、判決は履行されていない。履行には、その配分の継続に地位を依存する当事者の同意が必要だからだ。セイディッチ・フィンツィ判決は、ボスニアにとっての第95条である。最高職に関する体制の民族規定が欧州の人権法に違反するという権威ある認定が、その規定に守られた人々が変更を阻止できるために、執行されないまま置かれている。ボスニアの体制は、自力で秩序を生み出すのに苦労してきた。だからこそ外部による管理が常に存在し、その管理が弱まったり敵対的になったりすると、事態は悪化するのである。
ボスニアには、レバノンが一度も持たなかったものがある。機能不全を包み込むヨーロッパの法的枠組みである。欧州人権裁判所の管轄権、EU加盟の条件、NATOの安全保障上の駐留がそれだ。この足場がより重く、資源にも恵まれているため、ボスニアの機能不全はゆっくりとしか進まず、外部からの圧力のもとで、指導者たちは防衛、間接税、司法改革を国家レベルに移すことに同意した。それでも、中核となる配分にかかった錠は外れていない。欧州人権裁判所の判決がサラエボで履行されずにいるのは、第95条の委員会がベイルートで一度も設置されていないのと同じ理由による。
ボスニアでは、どの民族集団も自らの取り分を減らす結果を受け入れないため、政府の樹立に何か月もかかるのが常である。民族間の権力を再配分する改革を条件とするEU加盟は、20年にわたって這うように進んできた。EUの首脳は2024年3月に交渉開始にゴーサインを出したが、2年後になってもボスニアは正式な交渉に入っていなかった。2025年の有罪判決によって大統領の座を追われた後もなおミロラド・ドディクが舵を取るスルプスカ共和国は、構造的にはヒズボラとレバノン国家の関係に似た分離主義の政治を展開している。並行する制度を築き、中央国家の弱さを政治基盤として利用し、外部のパトロンの後ろ盾を得ているのである。レバノンでは、2005年のシリア撤退とその後のサウジの後退によって、2019年の崩壊に先立つ数年間、体制を外から支える柱が減っていた。メカニズムが同じなら、ボスニアの道がどこへ通じているかを、レバノンは示唆している。
イスラエルによる2026年のレバノン戦争は、3月初めに始まった。米国とイスラエルがイランの最高指導者を殺害したことを受けて、ヒズボラがイスラエルに砲火を開いたのである。5月下旬までに戦争はイスラエル軍をリタニ川の向こうへと進ませ、レバノン当局の集計では3,300人以上が死亡し、100万人を超える人々が避難を余儀なくされた。渡河は、4月に合意された停戦にもかかわらず行われた。6月、レバノンとイスラエルはワシントンで、米国の仲介による枠組みに署名した。イスラエル軍の段階的撤退を、非国家武装集団、すなわちヒズボラの武装解除の検証と結びつける内容である。交渉の席にいなかったヒズボラは、これを拒否した。
2026年のイスラエルは、1978年、1982年、2006年、2024年と同じように、レバノンにいる。レバノン国家はいま、紙の上では武力の独占を約束している。その約束を守る道は、第95条の委員会を一度も開かせなかったのと同じ、宗派の拒否権を通っている。
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メディア
主な出典と参考文献
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